ひめゆり平和祈念資料館 資料館だより 第57号(2016年 )
ひめゆりの少女の話は私達にもつながる
(韓国 金美廷 済州と沖縄を結ぶ会会員)
私は今、花を見ています。資料館に入る前に見た花壇の花です。窓ガラスの外にある花はただの花には 見えません。資料館で逢った少女達の顔が私の胸に溢れて、花から70年前のひめゆりの少女達の姿が出てきます。思春期の少女の笑い声が聞こえる気がします。友達と手をとって校庭を歩いている少女も見えます。
その時も花は暖かい日に当たり明日を待ってたでしょう。
花びらがそよかぜに触れられたでしょう。
少女達の将来の夢も育てられたでしょう。
しかし、少女達にはそんなことが出来ませんでした。勝手にこの花壇に侵入した戦争のせいです。 資料館を見ながら、高校生だった1980年代のことを思い出しました。
私の国韓国では、学校で週に1回、兵士の訓練の授業がありました。男子学生は軍人の服と似た訓練服
を着用して銃剣術を学びました。女子学生は戦争の時に必要だとされて看護技術を学びました。先生の中には退役将校や看護大学出身の新人教師などがいて、その人達の授業は厳しかったです。今更ですが、韓国ではある時期、大統領と政治家が日本の軍国主義政治をマネしたのだという気がします。学校の教育を通して私達に戦争の準備をすることを強要したものでした。
日本が敵を米軍だとしたのなら、韓国では北朝鮮、つまり敵になった北の人を睨みながら、戦争の時は 人を殺してもいいと教えることでした。それは「反共教育」という名前で私達に注入され、私は、疑問を持たずに正しいこととして受け入れました。
資料館の少女の顔の中に私の顔や私の友達の顔が見えました。ひめゆりの少女達の話は、私達の話にもつながります。もしかすると私達も同じ道を歩んだかもしれません。
それぞれの国の政治家が、自分の考えが間違っていると認めない限り、私達は政治家に利用される道具になります。学生を戦争に動員することを当然と思い、国民に愛国を強要する政治家は昔話ではありません。「国のため」という言葉には恐ろしいほどの意味が隠れていたと思います。政治家は自分のために国民を戦場に動員しても、戦争のもたらした悲惨なことからは責任逃れをします。それらのことをよく知らせるひめゆり平和資料館に感謝します。ほかにも、ひめゆり資料館が設立から後の管理まで国家の力を借りずに自力運営することはとてもすばらしいです。韓国の我々も学ぶべき姿勢だと思います
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