(2017年5月23日)、김미정-1차 작문 후, 송고
(2017년 5월 28일, 수정원고 도착, 정리하여 게재)
バラの月、革命が咲く
5月15日は、韓国だけにある恩師の日である。学校の学生たちが自分の教える先生に感謝の気持ちを伝える日であり、おとなになっでも昔の恩師を訪問したりする。最近はその日に先生にあげるべきのプレゼントが子供の両親に負担になり、いろんな問題が発生していることでその日になっても学生と両親は学校側に何もあげてはいけないような雰囲気になってしまった。そのため、先生の日という名前だけがさびしく残っていることになった。
私の記憶に残っている初めての先生の日はいまだに鮮明だ。小学校1年になってさすがに学校の規則に慣れてきた5月のある日、運動場に集まった学生達の前に、横一例で立って前向の私たちを見ている先生たちがいた。朝礼が終わると6年生の先輩が先生の胸のポケットにカーネイションの花を差し込むのを見だ。その後、一年生の我たちは教室に戻った。先生も戻った。しかし、私たちは泣いている先生を見ることになった。20代の若くて綺麗な先生は窓ガラスから運動場を望みながらハンカチで流す涙をぬぐていた。問題は同級生の一人の男児のせいだった。便所に行けなかった彼は運動場から教室に戻るや否や パンツの中に糞を出した。そのまま座ってから教室の後ろの床には沢山の尿も広がった。くさい匂いがもっと広がって行った。先生はどうしてこんな事が自分の教室で起こったが納得できないまま、泣き始めた。先生が泣いていることを見たその子供の村の誰かが3年生の教室に駆け走って、糞の男児の姉を呼んで連れてきた。糞を出した子供のお世話は都会出身の先生では出来なかった。 10歳でしかない 田舎の女児がお母さんのような姿勢で弟のくさい糞を拭いた。先生はその事が終わるまで運動場を眺めながら泣くばかり、その日の授業が終わるまで私は先生の膨らんだ目を見た。
中学生になってから英語を習った。お酒が好きな英語の先生は罰を与えることも好きな人だった。私たちは頻繁にいろんな理由で罰を受けた。外国語を習う道具としても教科書と先生の授業以外は何も無かった時代だった。けれども先生は教科書の何ページにもなる英語の文章を暗記する宿題を良く出した。十分な教えも無くて自分で英語を勉強する事はとても難しかった。単語の発音も確かに出来ないのにそれを完璧に暗記するなんてできるはずが無かった。どにかく一生懸命暗記したとしても厳しい表情の先生の前ですぐ思い出せなかった。順番に呼ばれ座席から立って英語を発音しようとしたら頭のなかが白くなった。先生は私たちの勉強姿勢が気に入らないと言いながら、打つ。打たれたふくらはぎはドンドン赤くなった。夏になってからはストッキングを脱いだので 校服のスカートのしたの 少女たちの素肌には赤い線が二つとか三つとか、鮮明に見えた。卒業をするまで、先生の罰の方法は変わらなかった。私たちのふくらはぎの赤い線も卒業するまでの3年間消えてなかった。英語の実力は伸びなかった。大人になっても英語には興味が出てこなくて 英語は勉強したくない外国語になってしまった。
今になって考えると、私の小学校の先生は心の弱い人ではないかと、中学校の先生は礼儀のない人ではないかと思われる。学校に職場以外の意味がない先生なら、学生が受けるべきの教育の経験を支えられないだろう。いま思っても、幼い頃の私の先生で、尊敬できるほどの親切な人をあまりおもいだせない。厳しくて怖い存在としての先生の姿が当たり前で、差別が日常茶飯事だった時代のせいだろうか。
私の幼い頃の韓国の70年代は、学校以外の社会全体も人権について社会的な意識が広がらなかったと思う。36年間の日本の殖民時代を経て、韓国戦争が終わった後、民主主義の国家になったとしても、 共産国家になった北朝鮮を対抗する事が国家の一番の柱になった。それによって国家の安保を利用する集団が政府の権力をつかまえた。したがって国民のより国家権力者のため、韓国の民主主義は発展できなかった。国家権力が強かったので、民主主義運動をする人は政治的に抑圧され、捕まえられたし、時によっては死刑によって無罪の青年達が亡くなる事が頻繁だった。 韓国の現代史は人間に対して尊敬を失った空間と時間になった。国家と社会を正しく立てるためには沢山の犠牲が必要だった。
韓国の2017年の5月は歴史的な時間になるだろう。臭い政権を倒すことを希望する国民の願いが勝利したからだ。民主主義の意味を習った国民は国家を自分の利益をため使用した政治権力を許せない。政治家の意識は退歩したとしても、 民主主義に関して国民の成長は進んでいた。そのお陰で、バラの季節に韓国は新しい民主主義政府の成立をやり遂げた。国家は個人の大統領とか政治家のためではなく、国民のためにあること、社会的な合意で作られた事を確かにするために政権交代が叶った。
最近、テレビのニュースを見る事が楽しくなった。私達のの国家が今からは国家らしく運営できると信じているからだ。韓国の政治が安定を取ることで私の心も安定した。それは不思議だ。だが、人間は社会的な動物なので一人の周りを取り囲む、時代の精神に、大事な影響を受ける事が分かる。そう思ったら、その精神から生まれる文化と宗教は人間が生きるあいだ、影響続ける柱ではないか。
韓国の民主主義の革命になった今月、私も前に向かって新しく一歩を踏み出すようにした。これは所どころ読んだので全体の理解が足りなくなった本を一巻から読むことだ。革命の心、革命の精神は何かを良く勉強したいので、池田先生の本である<人間革命>を隈なく読むことを始めた。それは生きる間の柱を正しく立てるための私の流儀だろう。
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